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まぁまぁ、焦らずに。

英語好きの人が書いてるブログです。

100円缶コーヒーだって贅沢になる

毎日飲む100円の缶コーヒー、カフェで作業するための210円のアイスコーヒー、小腹がすいたときに買う120円のパン。

積み重なると、こういう習慣が1ヶ月に3千円、6千円と無視できないお金になっていくことに気づく。

 

 

ちょっと前に、けっこうタイトな月があって、こうした無駄な習慣を意識して、出費をカットしていた。習慣ってこわいものだ。

 

いまは余裕ができたから、「今日は缶コーヒー買おうか、どうしようか」とか悩む必要はそこまでないんだけど、あれから朝のコーヒーを自販機で買うときは、「なんかちょっと贅沢だな」と思うようになって、幸せのハードルが下がった気がしてきてる。

 

 

おはようございます

yoshiさん(@yoshi_curin)が投稿した写真 -

 

 

"大金"という言葉は、その人それぞれでレベルが違ってくるだろうし、暮らし方次第でこのハードルが下がって、1ヶ月前は当たり前の出費だったものが、翌月には大金(もしくは、ふんぱつ)になることもある。

「ケチ」という言い方もできるけど、考え方次第で"贅沢"とも言える。

 

まぁ、この感覚は自分か、仲のいい友達とか、理解してもらえる人にだけ使ったほうがいいとは思うけど。初対面の人に見せちゃうと、「ケチだなぁ」と思われるだろうし。

 

 

 ・贅沢=普段よりお金を使ってみる

 

 

お金をかける以外にも、"時間の使い方"で贅沢を感じることもできる。

 

数年前にやってた休日の過ごし方があって、それは、行ったことのない駅に降りて、周辺のカフェをはしごしながら、ひたすら読書するという「カフェ読書巡り in 知らない土地」だ。

 

これが「なんか贅沢な時間の使い方してるなぁ」と感じて、幸せだった。自分のなかで有意義な時間の使い方をしてるなと。

まぁ、友達に話したら「なにそれ、その過ごし方。信じられん」って言われたけど。自分のなかでは幸福なのだ。

 

 

・贅沢=生産性を無視した時間の使い方をしてみる

 

 

仲のいい友達と会って飲み会をすることも、楽しいことのひとつ。ただ、交通費も含めると1回で5千円は余裕でなくなる。

 

タイトな月のときは、とてもできなかったから、「じゃあ、ウェブ飲み会でもするか」とやってみたら、これがけっこう楽しくて。普通の飲み会と同じくらい楽しい。

それで、久しぶりに会っても久しぶりな感じがしないから不思議だ。

 

 

そもそも会う必要性ってなんだろう?と考えてみると、物とか書類を渡すとか、カップルであればスキンシップをするとか、一緒になにか物理的な体験をするときとか。

 

寂しいと感じたときに、仲のいい友達と話したい、というのは、"会う"選択肢以外で代用できるのだと思った。顔をみながら会話ができればわりと十分。

もちろん、会う価値というのもあるのだけど。

 

 

・当たり前を疑って、代用の方法を見つけてみる

 

 

まだ、読み途中だけど、phaさんの『持たない幸福論』に、こんな言葉があった。

 

わざわざお金をかけて外国とかに行かなくても、身の回りの生活の範囲をいつもとちょっと違う目線でゆっくりと見回すだけで、面白いものや気づきとかはたくさんあるものだ。お金をたくさん持つというものも豊かさの一つだけど、自分の中にいろんなものの見方を身に付けるというのも豊かさだと思う。--- 111ページ

 

 

イデア次第で、使うお金の量を増やさなくても、幸福感は増やせるんだと思った。

 

自分にとっての小さな贅沢をいくつか持っておけば、お金に頼らず、わりと満足な暮らしができるのではないか。

それを、いまの時代はネットの技術のおかげでできる範囲が格段に広がってきてるしね。

 

 

ウェブ飲み会で使ったサービスは、こちら。アカウント不要で、URLを発行して招待するだけ。めちゃくちゃ便利です。

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